2012年01月29日
桜の今帰仁グスクで結婚式
今年のグスク・ブライダルの第一弾がありました。
昨日までと打って変わって結婚式日和、琉装が青空に映えました
第二弾は2月4日
第三弾は2月11日にあります

観光客の祝福を受けながら参道、七五三階段を通り、御内原に上がります
テンチヂアマチヂの御嶽(ウタキ)で御願(ウガン)をします

地元の方が祝儀演奏で盛り上げます

外国人観光客など大勢の人たちに見守られながら式典は続いていきます

琉球朝日放送のニュース映像(動画)
2012.01.27 中継 世界遺産「今帰仁グスク」で桜まつり
昨日までと打って変わって結婚式日和、琉装が青空に映えました
第二弾は2月4日
第三弾は2月11日にあります
観光客の祝福を受けながら参道、七五三階段を通り、御内原に上がります
テンチヂアマチヂの御嶽(ウタキ)で御願(ウガン)をします
地元の方が祝儀演奏で盛り上げます
外国人観光客など大勢の人たちに見守られながら式典は続いていきます
みなさんも 今帰仁グスクで 結婚式を
挙げてみませんか
そんなカップル募集中
詳しくは tel 0980-56-4400 へ
琉球朝日放送のニュース映像(動画)
2012.01.27 中継 世界遺産「今帰仁グスク」で桜まつり
2012年01月24日
沖縄の行事は旧暦に沿ったものばかり
今年の1月23日は太陰暦(旧暦)のお正月、旧正月にあたります。地球が太陽を回る日数を基に作られている太陽暦(新暦)に対し、太陰暦は月の満ち欠けを基本にしています。
太陰暦は太陽暦より古くから使われてきましたが、今では旧正月をにぎやかに祝うのは漁師町(糸満市や本部町、うるま市与那城、勝連地域)など限られた地域になっています。昔の人は月の満ち欠けを見て、漁や農業の時季を知り、季節の移り変わりを読み取っていました。太陰暦は生活に欠かせないものだったのです。
しかし都市化が進み、人々の生業が漁業や農業とちがって自然とかかわらなくなるにつれ太陰暦(旧暦)は過去のものになっていきました。
土や川や森から人がどんどん離れていった結果、私たちはどうなっていったか。
自然から離れていった人間が作る社会(家庭や地域)がどうなっていったか。
ふだんは新暦中心の生活をしていても、旧暦の行事が他所より多く残っている沖縄。
わたしはそんな沖縄の、昔から続いてきたしきたりにとても魅かれます。
旧正月は一年の始まりで、仏壇にごちそうをそなえて先祖や神様に手を合わせます。旧正月の日の明け方には集落にあるわき水から縁起のいい「若水(ワカミジ)」をくんで、手や顔につけて新年を喜びます。そしてその水を家に持ち帰って、お茶を立てます。
旧暦1月2日または3日は「初起し(ハチウクシー)」といって、漁業や農業の一年の仕事の始まりを祝います。大漁旗の先には、守り神である松の葉が飾られます
旧暦の1月16日は、亡くなった人のための「あの世・後生(グソー)」のお正月=「十六日(ジュウルクニチ)」です。ご先祖さまと一緒にお正月を楽しみましょうという意味の行事です。
旧正月ひとつとっても関連する行事がこんなにたくさんあるのです。
琉球朝日放送のニュース映像(動画)
2012.01.23 きょう旧正月 海の街 穏やかな光景
太陰暦は太陽暦より古くから使われてきましたが、今では旧正月をにぎやかに祝うのは漁師町(糸満市や本部町、うるま市与那城、勝連地域)など限られた地域になっています。昔の人は月の満ち欠けを見て、漁や農業の時季を知り、季節の移り変わりを読み取っていました。太陰暦は生活に欠かせないものだったのです。
しかし都市化が進み、人々の生業が漁業や農業とちがって自然とかかわらなくなるにつれ太陰暦(旧暦)は過去のものになっていきました。
土や川や森から人がどんどん離れていった結果、私たちはどうなっていったか。
自然から離れていった人間が作る社会(家庭や地域)がどうなっていったか。
ふだんは新暦中心の生活をしていても、旧暦の行事が他所より多く残っている沖縄。
わたしはそんな沖縄の、昔から続いてきたしきたりにとても魅かれます。
旧正月は一年の始まりで、仏壇にごちそうをそなえて先祖や神様に手を合わせます。旧正月の日の明け方には集落にあるわき水から縁起のいい「若水(ワカミジ)」をくんで、手や顔につけて新年を喜びます。そしてその水を家に持ち帰って、お茶を立てます。
旧暦1月2日または3日は「初起し(ハチウクシー)」といって、漁業や農業の一年の仕事の始まりを祝います。大漁旗の先には、守り神である松の葉が飾られます
旧暦の1月16日は、亡くなった人のための「あの世・後生(グソー)」のお正月=「十六日(ジュウルクニチ)」です。ご先祖さまと一緒にお正月を楽しみましょうという意味の行事です。
旧正月ひとつとっても関連する行事がこんなにたくさんあるのです。
琉球朝日放送のニュース映像(動画)
2012.01.23 きょう旧正月 海の街 穏やかな光景
2012年01月22日
DAYS JAPAN 2月号

【編集後記】より
昨年暮れから今年にかけて、1日の休みもなく今月号の特集の仕事をした。膨大な資料は、あの3・11に私たちが伝えられたことの裏側に光を当てる。テレビの津波の画面に息を呑み、やがて原発事故が報じられ、恐ろしいスピードで核分裂という悪夢が時を刻み始めた。途方もない悲しみが、悔しさに、そして怒りに変わっていった。後で思い起こせば、それは大虐殺の難民キャンプのなかに、一人で入って行ったときに私を襲った感情に似ていた。それをこの日、日本中の人が感じた。人間は途方もなく孤立した。12日に私は福島に向かった。
しかしあの時の私には大切なものが欠けていた。それは私の心の中にくすぶり続け、最近になって少しずつ姿を現し始めた。悪夢からは眠ることでは逃げられない。見ないふりする方法はいくらでもある。しかし解決方法はない。3・11後は、はっきりと目を見開いて、立ち向かうほかない。「パラダイムの変換」が必要だったと、政府中間報告は述べている。それは机の上や頭の中でできるものではないのだと言葉を返したい。さらにパラダイムを返還して何とかなると考える構造からこそ、私たちは脱しなければならないのだと。後略 (広河隆一)
【最新号(2012.2月号) 目次】
特集:あの時 伝えられたこと(原発事故報道の検証資料 3月11日―12日)
監修/広河隆一 文/浅野健一(同志社大学教授)、上杉隆(自由報道協会代表)
●トピックス TOPICs of the YEAR 写真が語る2011年
1 リビア
政府軍機墜落の瞬間
写真/アンジャ・ナイドリガス
2 ソマリア
世界はいつまで黙殺し続けるのか
写真/ロベルト・シュミット
3 エジプト
エジプト革命の第二幕は?
写真/アム・アブドラ・ダルシ
4 ヨーロッパ
世界資本主義の混沌とした未来
写真/アリス・メッシニス
●アニマルワールド
「よくぞ生きていた」
写真/広河隆一
●極北のオオカミ
写真/ジム・ブランデンバーグ
●若き修道女の素顔
写真・文/トニ・グレイブス
●おばあちゃんと猫 13
一人と二匹のまねき猫
写真・文/伊原美代子
●連載 チェルノブイリとフクシマ 第2回
食品汚染に立ち向かう
写真・文/鈴木 薫
●バックナンバー 定期購読のお願い
●コラム「おしどりマコ・ケンの実際どうなの!?」
日本と海外メディアの温度差
●コラム「OUT LOOK」
社説という名の寝言から考えた。中央集権はもうあかん
文/斉藤美奈子
●私の取材機材 42
郡山総一郎
●DAYSフォローアップ「あの記事」のその後を伝えます
●マンガ DAYSウォッチ! 44
終結
橋本勝
●営みの地球 84
ニホンザルの温泉天国
写真・文/浅尾省五
●編集後記/次号、お知らせ
●表紙
2011年3月14日朝、福島第一原発3号機が爆発した。この映像は現場から17キロ離れた福島中央テレビ定点カメラが撮影・報道し、その後11時10分にNNNニュースとして全国放映された。しかしこの映像は他局では流されることもなくすぐに姿を消し、多くの人が目にしたのはネット上だった。しかし、そこからも「著作権」を理由に映像は削除されていく。命と健康の危機を意味する歴史的瞬間を、私たちは「知る権利」を行使して目にする必要があると考え、ここに掲載した。
特集は圧巻です
永久保存版にしてほしい。
そして個人的には、斉藤美奈子のコラムが気に入っている
元旦の日の各新聞社の社説を読み比べて分かること
年々劣化する全国紙(主要紙)
それに対してジャーナリズムの真骨頂を見せてくれる地方紙
早くその文章をみなさんに紹介したいのですが・・・
やはりお店屋さんで買って読んでほしい。
すぐ行かないとなくなるよ。
【関連する日記アーカイブ】
2011.06.21 DAYS JAPAN7月号
2011.04.22 DAYS JAPAN の表紙は2回続けて福島原発
2010.02.20 DAYS JAPAN1月号も特集は“原発”です
タグ :DAYS JAPAN広河隆一
2012年01月19日
桜まつりが始まるよ~

(沖縄タイムス1/18。記事原文はコチラ)
わが今帰仁グスクでもいよいよです

イベントも目白押し 奮ってご参加を

そして現在参加者を募集中なのが “ガイドと歩く今帰仁の史跡めぐり”

みなさ~ん 私たちと歩きませんか
予約申し込みは こちら
http://nakijingusuku.com/
1/19追記
21日から城跡ライトアップ(入場午後9時まで)

(沖縄タイムス1/19、記事原文はコチラ)
1/21追記

(琉球新報1/21、記事原文はコチラ)
2012年01月14日
高校再編計画 再検討
県教育庁(大城浩教育長)は13日、2012年度から10年間の県立高校の編成整備実施計画案を発表した。同案では素案で廃校としていた本部高と伊良部高を「条件付きで再検討」に変更。改編となっていた八重山商工の定時制夜間部商業科も「条件付きで存続」など地域住民の意見が一定程度、反映された。

【関連する日記アーカイブ】
2011.12.17 北山高校・理数科存続「村ぐるみで」 今帰仁
1/18追記

1/18追記

(琉球新報1/14、記事原文はコチラ)
【関連する日記アーカイブ】
2011.12.17 北山高校・理数科存続「村ぐるみで」 今帰仁
1/18追記

(沖縄タイムス1/18)
1/18追記

(琉球新報1/21)
2012年01月05日
尖閣と教科書
2012年1月、沖縄タイムスは「本土復帰40年 沖縄の自画像」という連載をスタートさせた。
沖縄タイムスのWebサイトで読めるようになるまで、できるだけ再録し紹介していきます(太字等はブログ管理者の編集による)。
[ことば]
尖閣事件
2010年9月、尖閣諸島周辺の日本の領海内で、海保の巡視船に中国漁船が衝突。海保は公務執行妨害容疑で、漁船の中国人船長を逮捕した。中国は、日本の対応次第で今後の両国関係に影響すると警告。那覇地検は「外交問題」という異例の理由を付け、処分保留で釈放。その後、那覇地検審査会が船長を起訴相当と議決した。今後、強制起訴されるが、公判が開かれるのは難しい見通し。
沖縄タイムス1/4 石垣2市議ら尖閣上陸「国に問題提起」
琉球朝日放送のニュース映像(動画)
2012.02.04 石垣市議ら尖閣に上陸
沖縄タイムスのWebサイトで読めるようになるまで、できるだけ再録し紹介していきます(太字等はブログ管理者の編集による)。
第1部 風は南から③ つくる会 周到に布石
「尖閣事件と歴史公民教科書」と題した講演会が2011年1月30日、東京の文京シビックセンターで開かれていた。主催した「新しい歴史教科書をつくる会」の幹部らが次々と登壇し、尖閣諸島周辺で前年起きた中国漁船と海上保安庁の巡視船の衝突事件をめぐる菅政権(当時)の弱腰外交を痛烈に批判。現在の教科書については「防衛が国家の第一の役割であることが教えられていない」と指摘する声が相次ぎ、会場は300人以上の参加者であふれた。くしくも、この日から約半年後に八重山で教科書問題が表面化する。
講演会には、石垣市議の仲間均さん(62)が招かれていた。仲間さんは尖閣上陸計14回、船舶安全法違反の書類送検が13回の「経歴」を持つ。その数週間前にも上陸。この日は特別現地報告としてマイクを握り「国家主権とは何なのかを申し上げたい」と持論を訴えた。
仲間さんの報告に続き、次々に幹部らが登壇。「日本人が尖閣問題に無知であり、関心がなったのは日教組教育の当然の帰結。これを打ち破るのがこれからの仕事だ」(藤岡信勝・拓殖大学客員教授)「公民教科書の歴史の中で、まったく防衛が国家の目的として捉えられたことがない」(小山常実・大月短期大学教授)など、尖閣問題を愛国心と国防につなげる言葉が会場に響いた。
尖閣問題と教科書はどうつながるのか。昨年暮れ、石垣市内の事務所で取材に応じた仲間さんは「尖閣は日本領土で石垣の行政区だが、市民でさえ知らない。学校でも教えない。尖閣を国民全体で考えなければ」と強調。つくる会系の教科書には尖閣問題が詳しく掲載されているとした上で「八重山の子どもに一番適している」と主張した。
今年4月から中学校で使われる公民教科書の選定・採択に向けては、昨年6月から選定作業が本格化。八重山採択地区協議会(会長・玉津博克石垣市教育長)は規約を改正し、調査員(現場教師)による推薦図書の順位付けを廃止。委員は、玉津氏の思想に近い人と入れ替えられ、独特の歴史観を持つ「つくる会」系の育鵬社版を選んだ。
地元の教育関係者から、「育鵬社ありき」のこの動きの裏に、講演で登壇したつくる会幹部の「入れ知恵がある」との指摘もある。
一方、冒頭の後援会の約2週間前の1月14日、石垣市民会館であった「尖閣諸島開拓の日を定める条例」制定記念式典でも、つくる会と今回の教科書選定につながる動きが見て取れた。
当時、つくる会会長の藤岡氏から、中山義隆市長と伊良皆孝信市議会議長宛てに送付された祝電にはこう書かれていた。「尖閣諸島を守り抜くため、ともにたたかいます。学校における領土教育を充実させ、主権を守ることのできる国民を育てるための教科書づくりに邁進することを誓います」(復帰40年取材班・吉川毅)(沖縄タイムス4/5)
[ことば]
尖閣事件
2010年9月、尖閣諸島周辺の日本の領海内で、海保の巡視船に中国漁船が衝突。海保は公務執行妨害容疑で、漁船の中国人船長を逮捕した。中国は、日本の対応次第で今後の両国関係に影響すると警告。那覇地検は「外交問題」という異例の理由を付け、処分保留で釈放。その後、那覇地検審査会が船長を起訴相当と議決した。今後、強制起訴されるが、公判が開かれるのは難しい見通し。
沖縄タイムス1/4 石垣2市議ら尖閣上陸「国に問題提起」
琉球朝日放送のニュース映像(動画)
2012.02.04 石垣市議ら尖閣に上陸
2012年01月05日
「八重山は狙われた」
2012年1月、沖縄タイムスは 「本土復帰40年 沖縄の自画像」 という連載をスタートさせた。
沖縄タイムスのWebサイトで読めるようになるまで、できるだけ再録し紹介していきます(太字等はブログ管理者の編集による)。
[ことば]
八重山地区教科書問題
2012年度から4年間使われる中学校教科書の選定作業で、県内6地区の採択協議会のうち、石垣、竹富、与那国でつくる教科用図書八重山採択地区協議会(会長・玉津博克石垣市教育長)だけが今回、調査員(現場教師)の順位づけを廃止し、無記名投票で「新しい歴史教科書をつくる会」系の育鵬社版公民教科書を選定した。同社の歴史観に反発の声が上がる中、石垣、与那国の両教委は同社版を採択、竹富教委は不採択としたため、県教委などが合意形成を求めていた。また同様の選定手続きの改変は、「自由主義史観」を打ち出した「新しい歴史教科書をつくる会」系の教科書を選定した他県の例と類似しており、県内外から懸念の声が上がっている。
沖縄タイムスのWebサイトで読めるようになるまで、できるだけ再録し紹介していきます(太字等はブログ管理者の編集による)。
第1部 風は南から② 「八重山は狙われた」
八重山の教科書問題は、解決の道筋さえ見えないまま年を越した。今回の中学校の公民教科書の採択協議では、当初から「つくる会」系計教科書の採択に向け主導してきたのが八重山地区採択協議会会長の玉津博克石垣市教育長だった。
愛国心や自衛隊の存在を重視する「つくる会」系の育鵬社版公民教科書の採択を目指した玉津氏の意図は何か。昨年末に数回にわたって取材を申し込んだが、玉津氏は「(取材には)応じられない」と口を閉ざし続けた。
このため、玉津氏が八重山高校の校長在籍中に教育委員に推薦した中山義隆石垣市長や関係者に話を聞いた。
「八重山の最高学府は八重山高校。そこで校長を務める人なら、学力向上を推進してくれると思った」
昨年暮れ、市役所で取材に応じた中山市長は、玉津氏の教育長起用をこう説明した。
二人の出会いは中山市長の市議時代にさかのぼる。学力向上に向けた持論を熱く説く当時校長だった玉津氏と意気投合。自身の市長選での公約の筆頭に「学力向上のため県下最高水準の教育を目指す」ことを掲げ、当選直後に現役校長を任期途中に教育委員に推薦、教育長に選ばれた。
「行政区域の長が尖閣に上陸することに大きな意味がある」「八重山の安全を守る自衛隊に感謝し、地元としてはしっかり協力する」。尖閣や自衛隊に関する質問には歯切れよく質問に答えた中山市長だが、天皇制や軍事色を強く打ち出した育鵬社版教科書の採択をめぐる自身の関与については「教育に政治が関与すべきではない」と言葉を濁した。
一方で、玉津氏の起用には、中山市長の後援会長を務める元市長の半嶺富泰(82)の後押しがあったとの見方がある。玉津氏は半嶺氏と同じ宮良出身。半嶺市政時代に多用された、“宮良人事”との声もささやかれる。
半嶺氏の自宅を訪ねると、畳間には日の丸と皇族の写真が飾られていた。半嶺氏は「玉津君は歴史をずっと勉強してきた一徹な男。校長より教育長の方がいいと、本人や中山君にも勧めた」と明かす。
玉津氏を支援するかのように昨年、「共産党=沖教組」と書かれた垂れ幕が市内で目につくようになった。また、八重山にはつくる会系関係者や保守系の政治家も相次いで来島。つくる会系の教科書を推し、今の憲法を米国の押し付けとして改正を求める保守系組織「日本会議」と中山市長との強いつながりを指摘する声もある。
こうした動きを予期させるような出来事が実は、教科書問題が表面化する半年前に起きていた。教育関係者は「国境や尖閣を理由にして、知らぬ間に八重山が狙われていた」と唇をかむ。(復帰40年取材班・吉川毅)(沖縄タイムス1/4)
[ことば]
八重山地区教科書問題
2012年度から4年間使われる中学校教科書の選定作業で、県内6地区の採択協議会のうち、石垣、竹富、与那国でつくる教科用図書八重山採択地区協議会(会長・玉津博克石垣市教育長)だけが今回、調査員(現場教師)の順位づけを廃止し、無記名投票で「新しい歴史教科書をつくる会」系の育鵬社版公民教科書を選定した。同社の歴史観に反発の声が上がる中、石垣、与那国の両教委は同社版を採択、竹富教委は不採択としたため、県教委などが合意形成を求めていた。また同様の選定手続きの改変は、「自由主義史観」を打ち出した「新しい歴史教科書をつくる会」系の教科書を選定した他県の例と類似しており、県内外から懸念の声が上がっている。
2012年01月03日
愛国心は突然に 八重山は今
2012年1月、沖縄タイムスは 「本土復帰40年 沖縄の自画像」 という連載をスタートさせた。
沖縄タイムスのWebサイトで読めるようになるまで、できるだけ再録し紹介していきます(太字等はブログ管理者の編集による)。
【関連する日記アーカイブ】
2011.12.14 いまさら聞けない「八重山教科書問題」
沖縄タイムスのWebサイトで読めるようになるまで、できるだけ再録し紹介していきます(太字等はブログ管理者の編集による)。
第1部 風は南から① 八重山は今
本土復帰40年の節目を前に次々と表面化した南の島の異変。昨年暮れ、変化の底流には何があるのかを知りたくて、年の瀬の石垣市を訪れた。12月28日の仕事納めの日の石垣市役所に足を運ぶと、庁舎前のポールには、保守系の中山義隆市長の就任を機に復帰後初めて掲揚された「日の丸」が市旗の隣で風に揺れていた。
2010年2月、現在44歳の若い中山氏が市長に当選。4期16年続いた革新系市長を大差で破った。復帰40年間で保守市政は半嶺當泰元市長が1990年から1期務めただけだ。中山市長の当選は、市民が長期政権の閉塞感からの脱却を望んだ結果だった。
前市長の大浜長照氏との際立った違いは、「自衛隊に対するスタンス」と市職員や市議らは口をそろえる。
中山市長は2006年に日本青年会議所沖縄地区会長、同年の市議選で初当選した。市議時大から「日本が存在していく限り、安全保障や国防は決してないがしろにできない」と主張してきた。こうした中山氏の持論を背景に、市政は一変した。
復帰後、歴代市長が実施してこなかった自衛官募集業務を開始し、業務相談員を自衛隊沖縄地方協力本部と連名で依嘱した。さらに自衛隊艦船の石垣入港も認め、賛成派の歓迎集会も催されるようになった。
市役所のある男性職員は「日の丸(掲揚)だけをもって即座に右傾化の動きと言えないが、自衛隊や尖閣に対する市長のスタンスが教科書問題にも反映されていると思う」と話す。
「米軍基地の負担を強いられている本島と、米軍や自衛隊基地がなく中国の脅威にさらされている八重山とでは、国防や平和のあり方に対する温度差はある」。八重山防衛協会事務局長で石垣市議の砥板芳行さん(42)はこう語る。
与党として中山市長を支える砥板さんは、尖閣問題の記述が多い公民教科書が八重山地区の子どもたちには適しているとし、「つくる会」系の教科書を推す。「米軍基地の記述は少ないが、中国の脅威を目の当たりにする地域には、この教科書が適している」という意見だ。
一方、突然起きたかに映る「変化」に、言いようのない不安を募らせている人たちもいる。
与那国町で教員経験があり、今回の教科書選定をめぐる手法に疑問を持つ福祉団体職員の市原由加里さん(50)=石垣市=は「報道は過熱しているが、市民の多くは何が起きているのかよく分からない。自衛隊の配備も、教科書問題も、いつの間にか決まってしまうのが怖い」と、有志で勉強会を重ねてきた。今は、「教科書問題の背景が知りたい」と行政訴訟を起こした小学生の母親二人と活動する市原さん。「市民が今の動きを感じ、物事を見極めることが大事。そうじゃないと民主主義は崩れていく」と訴える。
今回の問題は、国境地域という南の島だけの特殊な動きなのか。あるいは、南からやがて押し寄せる「異変」の予兆なのか。復帰40年目を生きる県民に問いかける。(復帰40年取材班・吉川毅)
(沖縄タイムス1/3)
【関連する日記アーカイブ】
2011.12.14 いまさら聞けない「八重山教科書問題」
2011年12月29日
2011年 県内十大ニュース(2紙比較)
2011年 県内十大ニュース
沖縄タイムス 琉球新報
八重山教科書問題 ① 日米官僚が暴言
震災、県内にも影響 ② 八重山地区教科書採択で対立
日米高官の問題発言 ③ 第5回世界のウチナーンチュ大会
鳩山元首相「方便」発言 普天間混迷 ④ 鳩山元首相 「抑止力」は「方便」
世界ウチナーンチュ大会盛況 ⑤ 要美優さんに支援の輪
「集団自決」軍関与の判決確定 ⑥ 一括交付金1575億円
要美優さん手術成功し帰沖 ⑦ 震災被災者が県内避難
地位協定を運用改善 ⑧ 中国人観光客に数次査証(ビザ)発給
台風被害相次ぐ ⑨ 日米地位協定の運用改善
スポーツで高校生活躍 ⑩ 西江喜春さんが人間国宝に
負の遺産表出 次点 比嘉真美子(本部高3年)日本女子アマ選手権でV
タグ :県内十大ニュース
2011年12月17日
北山高校・理数科存続「村ぐるみで」 今帰仁

(沖縄タイムス12/16、記事原文はコチラ)
北山高校・理数科存続「村ぐるみで」沖縄タイムス 2011年12月16日
【今帰仁】県教育庁が策定した県立高校再編整備計画素案で名護高校(名護市)への移設が盛り込まれた北山高校(今帰仁村)の理数科を存続させようと、教育講演会「今、我々がやるべきこと」(主催・北山高校同窓会、村教育委員会、村PTA連絡協議会)が14日夜、村コミュニティーセンターで開かれた。参加者らは理数科がなくなると、村外の高校へ進学する中学生が増え、村の人口減少にもつながると強調。家庭学習の充実による進学率の向上や地域行事などで魅力ある学校づくりをサポートするなど、村全体で支援体制を構築する必要性を確認した。
教育出版のベネッセコーポレーションで沖縄担当の北村俊夫さん、元同校PTA会長の外間宏正さん、村教委指導主事の新城敦さん、同校教諭の赤嶺剛さんが講演した。
外間さんは「一生懸命がかっこいい」という北山の校風を取り上げ、「今帰仁、北部、沖縄のリーダーが出てくる。足もとにある素晴らしいものを大切にしよう」と呼び掛けた。
新城さんは、今帰仁中学校から約1割が北山の理数科、約4割が普通科に進学していると説明。理数科が名護高へ移設されると、約1割が村外へ流出すると懸念。「地元の子どもが減ると、北山に対する地域の思い、関心も薄くなるのではないか」と語った。
進路指導担当の赤嶺さんは、入試の平均点が下がり続けていること、家庭学習時間が少ないことなど問題点を指摘。一方で「今帰仁村は、一中学校、一高校で他地域と違う中高連携や名桜大学との連携もできるのでは」と提案。
北村さんは県内の学力事情を説明した。
同校の伊禮正昭同窓会長は「問題は学校、PTAだけではなく、全村民で考えないと解決できない」、謝花弘村教育長は「いまが燃える時。一人一人が起爆剤となって、発信して、北山高校を次代に引き継ごう」と訴えた。
12/18追記
琉球新報12/17、1面コラム「金口木舌」より
高校編成整備計画素案への異論、反論が噴出している。学校の存続、統廃合は地域の重大関心事。素案をまとめた県教育庁も、ここまで反発の声が上がるとは予想していただろうか
▼40年近くも出生率日本一の地位を保っている沖縄でも、生徒数はピーク時の2000年度に比較して2割も減った。定員割れが生じている高校の統廃合を検討する県教育庁の立場は分からないではない
▼しかし、学校運営の合理性のみを追求した数合わせの理屈では地域は納得しない。特に町村部や離島では、学校は地域の生命線のような存在。若者の流出を加速させるような施策に「撤回」を突き付けるのも無理はない
▼心因性の不登校経験のある生徒など学習支援が必要な生徒を受け入れる「フューチャースクール」が導入される北谷高校の事例は複雑だ。厳しい環境にある生徒や家庭に配慮した実のある議論を願うばかりだ
▼統廃合の対象となった高校の多くは過疎地域にある。復帰39年余を経て生じた県内自治体間の格差が、高校の教育現場にも及んだかに見える。「県土の均衡ある発展」は社会資本整備だけではなかったはず
▼矢印を使ったチャート図で示せばA4判の紙一枚に収まる高校編成整備計画の行く末は、沖縄の人材育成や地域振興を左右する。そのいずれでも、弱者を取り残すような計画であってはならない。
(琉球新報12/17、記事原文はコチラ)
定員割れ究明求める 高校編成懇話会
県教育庁の県立高校編成整備実施計画素案を審議する有識者による懇話会(前泊豊光会長)が16日、終了した。同庁で開かれた最終会議では、高校再編の背景にある定員割れの原因などを究明し、学校と保護者、行政、地域が一体となって検討する体制の必要性などが指摘された。
同日は定時制課程の再編や伊良部高校統廃合など同計画の後半部分について審議。今回地域が一斉に反発した状況を踏まえ、PTA側から参加した委員は「そもそも定員割れの原因を追究しなければ、また10年後の計画策定で同じ事態になる」などと指摘。計画策定期だけでなく、各高校の課題について関係者が一体となって検討する体制を求めた。
同庁は今後、懇話会の意見を大城浩県教育長に報告するほか、引き続き各地域との意見交換会を予定。来年1月のパブリックコメントなどを集約した上で案をとりまとめ、3月の県教育委員会で提示する。
前泊会長は「学校には伝統や歴史がある。できるなら残したい、という気持ちは委員もみんな同じだ。だが全国的な少子化の中では、高校再編の方向に行かざるを得ないのも事実。今回は地域の人々が高校の在り方に関心を持ち盛り上がっている。今後、地域が学校をどう支えていくのかに期待したい」と述べた。
大城教育長は高等教育の在り方に対し「豊かな人間性と、社会の形成者として批判力を持つ高校生を育むことが使命」と強調し、そのためには適正規模が重要だとした。懇話会の意見報告を受けた後については「庁内での丁寧な議論が求められる。柔軟に対応していきたい」と話した。
(沖縄タイムス12/17、記事原文はコチラ)
12/19追記

(琉球新報12/15、記事原文はコチラ)

(沖縄タイムス12/13、記事原文はコチラ)

(琉球新報12/17)
(琉球新報11/20、記事原文はコチラ)
(沖縄タイムス11/3、記事原文はコチラ)
12/20追記
琉球朝日放送のニュース映像(動画)
2011.12.19 県立伊良部高校統廃合問題 説明会で住民ら計画見直しを求める
琉球新報12/19 八商工、定時夜間存続訴え 高校編成素案説明会で住民
12/23追記
琉球新報12/21 「北山の良さアピール」 高校再編、生徒らが意見交換
2011年12月16日
アジア平和学の拠点に 名桜大学、国内外8大学と連携

(琉球新報12/16、記事原文はコチラ)
アジア平和学の拠点に 名桜大学、国内外8大学と連携琉球新報 2011年12月16日
【名護】文部科学省の「大学の世界展開力強化事業」(2011年度)に大阪大を中心とする名桜大、広島大、長崎大グループの事業がこのほど採択された。海外の5大学と連携し「アジア平和=人間の安全保障大学連合」をテーマに、政策立案やNGOなどに携わる人材育成が目的。平和学の蓄積がある沖縄、広島、長崎に大学院生を受け入れ、アジア全域にまたがる平和学の拠点を目指す。将来的には国内外の協力校で得た単位を合算して修士号の学位を授与する「ジョイント・ディグリー制度」を実現する。
事業は本年度から5年間。大阪大を事務局にナンヤン工科大(シンガポール)、国立東ティモール大(東ティモール)、シアー・クアラ大(インドネシア)、パヤップ大(タイ)、デ・ラサール大(フィリピン)が参加する。海外大学の院生を国内で受け入れるだけでなく、国内の院生が海外を訪問し、研究成果を共有する。
主な研究分野は(1)平和構築(2)経済協力(3)健康開発(4)多文化理解―の四つで2週間の短期集中プログラム、半年間(1学期)の実践的研究の2コースを準備する。名桜大は2月をめどに担当する教員1人を新しく採用する予定。現在開設している平和学や国際機構論以外にも「沖縄戦後史」「沖縄移民史」など平和や多文化理解に関連する項目を新設する準備を進めている。講義だけでなく現地調査なども積極的に行う。
担当する仲地清教授は、英語以外に9カ国語を開講している名桜大の特長などを挙げ「国を超えたアジア連携を可能にする取り組みと言える。アジアと日本の学生が一つになる」と意義を説明した。
2011年12月15日
いまさら聞けない 「環境アセスメント & オスプレイ」
やさしく動画で教えてくれます
琉球朝日放送のニュース映像(動画です)
2011.12.14 Qリポート 環境アセスとオスプレイ
辺野古の基地建設に伴う環境アセスの手続きは違法だとして、600人あまりの原告が、国にアセスのやり直しなどを求めている裁判が今日開かれました。
原告は、1996年のSACO合意当時、日米で了解していたオスプレイの配備を合意文書から外したとされる、当時の防衛省関係者を証人として申請していますが、きょう、裁判所が採用を前向きに検討していることがわかりました。
この裁判は、辺野古の基地建設に伴う環境アセスの手続きのやり直しと損害賠償を国に求めて2年前に提訴されたものです。
アメリカ軍の再編で、いわゆるV字型滑走路の計画になって始まった環境アセスでは、本調査は2008年8月からですがその1年前から自衛隊の掃海艇を投入して事前調査が行われたことや、多くの人身事故を起こし欠陥機と言われているオスプレイの配備を評価書の段階まで完全に隠して進めてきた事などから原告はアセスの手続きに著しい不備があると訴えています。
今日の公判で原告は、1996年のSACO合意の際、オスプレイ配備について日米で議論した文書や国会答弁を根拠に、あらためて、当時防衛省で実務を担当していた高見澤のぶしげ氏の証人尋問を求めました。
酒井良介裁判長は、すでに防衛大臣に守秘義務事項の有無などを確認する文書を出したことを明らかにしました。来月末を期限とする回答を待って証人採用するかどうかが決まる予定です。
原告 真喜志好一さん「日本政府が隠してきた嘘を、オスプレイの配備を知っていたということを証言させることができるのが高見澤氏。ですからその証言をとりたい」
原告が証人申請している高見澤氏の名前は、96年のSACO合意直前のアメリカ側の文書に良く登場します。どういう人物なのか、まとめました。
現在、防衛研究所所長を務める高見澤将林氏。日米交渉に舞台裏を知る人物として、県出身の国会議員がたびたび追求してきた人物です。
山内徳信議員「横文字になっていて読みづらいんですが、ミスタータカミザワとなっております。文書は13項目にわたって沖縄県民への説明資料でありますが、こういうオスプレーを伏せておいて環境アセスの方法書から準備書に全くオスプレーのことが書いてございません」
高見澤氏「当時からオスプレーについてはいろんな可能性が議論されていたというところでございますので、そういう全体の流れの中で現在に至っているというふうにご理解を頂きたいと思います」
実はアメリカ側の文書で、SACO合意の直前、カート・キャンベル氏を議長にした日米のワーキンググループでこんなやりとりが。
「日本政府は、沖縄県民にV-22についてどう話したらいいかアドバイスを求めた。」
V22については何も言わない
V22について具体的に伝える
現在の機種の想定で建設し、V22の配備は将来、発表する
96年の10月の時点で、代替施設へのオスプレイの配備は決まっていたことがわかります。
さらに11月26日の会議で、アメリカ軍のコメントの中にこうあります
「日本政府は海上施設は辺野古が最適と考えているが場所の公表に反対している」
「日本政府はまだオスプレイ機を発表していない。米軍は、早急に公表されることを望む」
そしてこれがSACO最終報告の5日前にミスタータカミザワから在日米軍に渡された合意案。オスプレイについてははっきり書かれている上、沖縄に説明するためのオスプレイ問答集まで検討されていました。
山内徳信議員「12月20日のSACOの最終報告ではオスプレイの表記は削除され、それに変わって短距離で離着陸できる航空機と書き換えられています。この事実について防衛省の高見澤さん一言おっしゃって下さい」
高見澤氏「それは非常にいろんなやりとりがございましたけれどもそういった形で議論されているということでございます」
この高見澤氏が法廷で証言をすれば、15年前からオスプレイの配備は決まっていたことや、政府が意図的にそれを隠してアセスを進めてきた事も証明できると、原告は期待しています。
アセスメント法の要は、なにか大きな構造物を作るという時、できるだけ環境に影響を与えない方法を民主的に地元の理解を得ながら探ることです。
証人として証言して頂ければ、大事なことを隠したまま進めて来たアセスだということははっきりするでしょうし、それアセス法に照らしてどうなのか、しっかり審理して欲しいですね。

琉球朝日放送のニュース映像(動画です)
2011.07.27 検証 動かぬ基地vol.99 オスプレイ配備の裏側
先月6日、県や宜野湾市などに伝えられた普天間基地へのオスプレイの配備。日本政府は長年、配備の可能性を否定してきましたが、14年も前から警戒してきた男性がいました。彼らが日米の公文書を地道に集め、分析した中から見えてきたこととは。
その事実は1枚のファックスで伝えられました。
『地元へのお知らせ(口頭)。防衛本省から米国政府がMV22オスプレイ配備に関連し、以下の趣旨の発表をしたとの情報を得ましたのでお知らせいたします。海兵隊は、軍全体でCH46を段階的に減らしMV22に換装するプロセスにある』
真喜志好一さん「あたかも今、日本政府がアメリカ政府から聞いて、わかったというようなジェスチャー、お芝居の始まりだと思いました」
こう話すのは、建築家でジュゴン裁判の原告でもある真喜志好一さん。真喜志さんは1999年、元大学教授たちとともに「SACO合意を究明する県民会議」を発足。日米の公文書を調べる中で、ある仮説を立てました。
それは普天間基地や北部訓練場の返還などが発表された「SACO合意」の裏側にアメリカ軍基地の機能強化を狙った思惑があるのではないかということです。
こうした中、真喜志さんは、アメリカ軍のホームページである写真を見つけます。オスプレイが飛ぶこの場所が北部のある場所に似ていたのです。
真喜志さん「(SACO合意)その直後、米軍が高江の北側にある宇嘉川という河口を訓練場として、新たに手に入れている。その宇嘉川の河口そっくりの地形で、オスプレイがゴムボートを下ろす上陸訓練をしているイラスト」
この場所は現在、ヘリパッドが建設されている東村高江区のすぐそば。調べてみると、新しいヘリパッド建設にもオスプレイありきの計画が浮かび上がりました。
日米の議事録に書かれていたオスプレイに必要な着陸帯は直径45メートル。高江に建設中のヘリパッドと同じ大きさなのです。
真喜志さん「オスプレイの訓練場を造ると発表すると、沖縄の人が反対するので、北部訓練場の北半分を返す、そこにあるヘリパッドを南に移すよと」
真喜志さんはジュゴン裁判で、アメリカ政府から証拠として提出された資料に決定的な記述を見つけました。
1992年に作られた普天間基地のマスタープラン。19年も前の資料にすでにオスプレイの配備を見越して駐機場の位置が記されていたのです。
また、普天間基地の返還と代替施設の建設が発表される直前の1996年の日米協議の議事録。そこには次のようなやり取りが記録されています。
『日本政府は沖縄県民にV22についてどんな風に話をしたらよいかアドバイスを求めた。V22については何も言わない。V22について具体的に伝える。現在使用している機種に合わせて建設し、のちアメリカ側がV22の配備を発表する時に延長する』
その1カ月後に防衛庁からアメリカ軍に出された文書にはオスプレイの配備計画などを質問したうえで、なぜか回答の方法についても、次のような内容が望ましいと示していたのです。
『海上施設は現在普天間飛行場で配備されているヘリコプターの移転先として考えられたものなので、海上施設はあくまでもヘリポートである』
代替施設の計画に、オスプレイの存在を想像させないよう求めたようにも受けとれる記述。実際、この後のSACOの最終報告書から、オスプレイの文字は消えていました。
真喜志さん「草案の中では、海上基地には従来のヘリコプターとMV22オスプレイの部隊を配備すると書かれているわけです。草案の中身がSACO報告書ではヘリコプター部隊と短距離で離発着できる航空機と書きかえられる」
政府はこの後15年間もオスプレイの配備を否定してきました。そして先月、北沢防衛大臣は次のように語りました。
北沢防衛大臣「装備の変更の経過からすると、極めて異例の事前の発表ということで、当然、日本と沖縄の配慮があってのことだろうと思います」
なぜ、これほどまでに日本政府はオスプレイの存在を隠し続けたのか。それはオスプレイが抱えている安全性の問題、そして普天間返還の裏に見え隠れする思惑を隠す意図がったのではないかと真喜志さんたちは考えているのです。
真喜志さん「SACO合意に書かれているように、沖縄の普天間軽減という枕詞がついています。それがそうでなく、最新鋭の輸送機を配備するために普天間の閉鎖や北部訓練場の返還があるのがバレバレになるじゃないですか」
【関連する日記アーカイブ】
2011.07.27 沖縄タイムス連載 「隠されたオスプレイ配備」≪完≫
2011.12.15 琉球新報 連載「オスプレイ配備の波紋」≪完≫
Qリポート 環境アセスとオスプレイ
琉球朝日放送のニュース映像(動画です)
2011.12.14 Qリポート 環境アセスとオスプレイ
辺野古の基地建設に伴う環境アセスの手続きは違法だとして、600人あまりの原告が、国にアセスのやり直しなどを求めている裁判が今日開かれました。
原告は、1996年のSACO合意当時、日米で了解していたオスプレイの配備を合意文書から外したとされる、当時の防衛省関係者を証人として申請していますが、きょう、裁判所が採用を前向きに検討していることがわかりました。
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この裁判は、辺野古の基地建設に伴う環境アセスの手続きのやり直しと損害賠償を国に求めて2年前に提訴されたものです。
アメリカ軍の再編で、いわゆるV字型滑走路の計画になって始まった環境アセスでは、本調査は2008年8月からですがその1年前から自衛隊の掃海艇を投入して事前調査が行われたことや、多くの人身事故を起こし欠陥機と言われているオスプレイの配備を評価書の段階まで完全に隠して進めてきた事などから原告はアセスの手続きに著しい不備があると訴えています。
今日の公判で原告は、1996年のSACO合意の際、オスプレイ配備について日米で議論した文書や国会答弁を根拠に、あらためて、当時防衛省で実務を担当していた高見澤のぶしげ氏の証人尋問を求めました。
酒井良介裁判長は、すでに防衛大臣に守秘義務事項の有無などを確認する文書を出したことを明らかにしました。来月末を期限とする回答を待って証人採用するかどうかが決まる予定です。
原告 真喜志好一さん「日本政府が隠してきた嘘を、オスプレイの配備を知っていたということを証言させることができるのが高見澤氏。ですからその証言をとりたい」
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原告が証人申請している高見澤氏の名前は、96年のSACO合意直前のアメリカ側の文書に良く登場します。どういう人物なのか、まとめました。
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現在、防衛研究所所長を務める高見澤将林氏。日米交渉に舞台裏を知る人物として、県出身の国会議員がたびたび追求してきた人物です。
山内徳信議員「横文字になっていて読みづらいんですが、ミスタータカミザワとなっております。文書は13項目にわたって沖縄県民への説明資料でありますが、こういうオスプレーを伏せておいて環境アセスの方法書から準備書に全くオスプレーのことが書いてございません」
高見澤氏「当時からオスプレーについてはいろんな可能性が議論されていたというところでございますので、そういう全体の流れの中で現在に至っているというふうにご理解を頂きたいと思います」
実はアメリカ側の文書で、SACO合意の直前、カート・キャンベル氏を議長にした日米のワーキンググループでこんなやりとりが。
「日本政府は、沖縄県民にV-22についてどう話したらいいかアドバイスを求めた。」
V22については何も言わない
V22について具体的に伝える
現在の機種の想定で建設し、V22の配備は将来、発表する
96年の10月の時点で、代替施設へのオスプレイの配備は決まっていたことがわかります。
さらに11月26日の会議で、アメリカ軍のコメントの中にこうあります
「日本政府は海上施設は辺野古が最適と考えているが場所の公表に反対している」
「日本政府はまだオスプレイ機を発表していない。米軍は、早急に公表されることを望む」
そしてこれがSACO最終報告の5日前にミスタータカミザワから在日米軍に渡された合意案。オスプレイについてははっきり書かれている上、沖縄に説明するためのオスプレイ問答集まで検討されていました。
山内徳信議員「12月20日のSACOの最終報告ではオスプレイの表記は削除され、それに変わって短距離で離着陸できる航空機と書き換えられています。この事実について防衛省の高見澤さん一言おっしゃって下さい」
高見澤氏「それは非常にいろんなやりとりがございましたけれどもそういった形で議論されているということでございます」
この高見澤氏が法廷で証言をすれば、15年前からオスプレイの配備は決まっていたことや、政府が意図的にそれを隠してアセスを進めてきた事も証明できると、原告は期待しています。
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アセスメント法の要は、なにか大きな構造物を作るという時、できるだけ環境に影響を与えない方法を民主的に地元の理解を得ながら探ることです。
証人として証言して頂ければ、大事なことを隠したまま進めて来たアセスだということははっきりするでしょうし、それアセス法に照らしてどうなのか、しっかり審理して欲しいですね。
(沖縄タイムス12/8、記事原文はコチラ)
琉球朝日放送のニュース映像(動画です)
2011.07.27 検証 動かぬ基地vol.99 オスプレイ配備の裏側
先月6日、県や宜野湾市などに伝えられた普天間基地へのオスプレイの配備。日本政府は長年、配備の可能性を否定してきましたが、14年も前から警戒してきた男性がいました。彼らが日米の公文書を地道に集め、分析した中から見えてきたこととは。
その事実は1枚のファックスで伝えられました。
『地元へのお知らせ(口頭)。防衛本省から米国政府がMV22オスプレイ配備に関連し、以下の趣旨の発表をしたとの情報を得ましたのでお知らせいたします。海兵隊は、軍全体でCH46を段階的に減らしMV22に換装するプロセスにある』
真喜志好一さん「あたかも今、日本政府がアメリカ政府から聞いて、わかったというようなジェスチャー、お芝居の始まりだと思いました」
こう話すのは、建築家でジュゴン裁判の原告でもある真喜志好一さん。真喜志さんは1999年、元大学教授たちとともに「SACO合意を究明する県民会議」を発足。日米の公文書を調べる中で、ある仮説を立てました。
それは普天間基地や北部訓練場の返還などが発表された「SACO合意」の裏側にアメリカ軍基地の機能強化を狙った思惑があるのではないかということです。
こうした中、真喜志さんは、アメリカ軍のホームページである写真を見つけます。オスプレイが飛ぶこの場所が北部のある場所に似ていたのです。
真喜志さん「(SACO合意)その直後、米軍が高江の北側にある宇嘉川という河口を訓練場として、新たに手に入れている。その宇嘉川の河口そっくりの地形で、オスプレイがゴムボートを下ろす上陸訓練をしているイラスト」
この場所は現在、ヘリパッドが建設されている東村高江区のすぐそば。調べてみると、新しいヘリパッド建設にもオスプレイありきの計画が浮かび上がりました。
日米の議事録に書かれていたオスプレイに必要な着陸帯は直径45メートル。高江に建設中のヘリパッドと同じ大きさなのです。
真喜志さん「オスプレイの訓練場を造ると発表すると、沖縄の人が反対するので、北部訓練場の北半分を返す、そこにあるヘリパッドを南に移すよと」
真喜志さんはジュゴン裁判で、アメリカ政府から証拠として提出された資料に決定的な記述を見つけました。
1992年に作られた普天間基地のマスタープラン。19年も前の資料にすでにオスプレイの配備を見越して駐機場の位置が記されていたのです。
また、普天間基地の返還と代替施設の建設が発表される直前の1996年の日米協議の議事録。そこには次のようなやり取りが記録されています。
『日本政府は沖縄県民にV22についてどんな風に話をしたらよいかアドバイスを求めた。V22については何も言わない。V22について具体的に伝える。現在使用している機種に合わせて建設し、のちアメリカ側がV22の配備を発表する時に延長する』
その1カ月後に防衛庁からアメリカ軍に出された文書にはオスプレイの配備計画などを質問したうえで、なぜか回答の方法についても、次のような内容が望ましいと示していたのです。
『海上施設は現在普天間飛行場で配備されているヘリコプターの移転先として考えられたものなので、海上施設はあくまでもヘリポートである』
代替施設の計画に、オスプレイの存在を想像させないよう求めたようにも受けとれる記述。実際、この後のSACOの最終報告書から、オスプレイの文字は消えていました。
真喜志さん「草案の中では、海上基地には従来のヘリコプターとMV22オスプレイの部隊を配備すると書かれているわけです。草案の中身がSACO報告書ではヘリコプター部隊と短距離で離発着できる航空機と書きかえられる」
政府はこの後15年間もオスプレイの配備を否定してきました。そして先月、北沢防衛大臣は次のように語りました。
北沢防衛大臣「装備の変更の経過からすると、極めて異例の事前の発表ということで、当然、日本と沖縄の配慮があってのことだろうと思います」
なぜ、これほどまでに日本政府はオスプレイの存在を隠し続けたのか。それはオスプレイが抱えている安全性の問題、そして普天間返還の裏に見え隠れする思惑を隠す意図がったのではないかと真喜志さんたちは考えているのです。
真喜志さん「SACO合意に書かれているように、沖縄の普天間軽減という枕詞がついています。それがそうでなく、最新鋭の輸送機を配備するために普天間の閉鎖や北部訓練場の返還があるのがバレバレになるじゃないですか」
【関連する日記アーカイブ】
2011.07.27 沖縄タイムス連載 「隠されたオスプレイ配備」≪完≫
2011.12.15 琉球新報 連載「オスプレイ配備の波紋」≪完≫
2011年12月14日
いまさら聞けない 「八重山教科書問題」
やさしく動画で教えてくれます
琉球朝日放送のニュース映像(動画です)
2011.12.13 記者解説 今どうなっている?八重山教科書問題
混乱が続く、八重山地区の公民教科書の採択は地区で統一した教科書がまだ決まっていません。なぜ、ここまでもつれているのか、文科省が教科書の無償配布の対象外という考えを示した竹富町は今後どうするのか。記者解説を交えてお伝えします。
中村記者「教科書の採択に関係する法律は2つあります。まず、地方教育行政法で、地方教育行政の組織および運営に関する法律があり、これは各市町村にある教育委員会は使用する教科書の取扱いについて決めることができます」
中村記者「そしてもう一つは義務教育教科書無償措置法で、国が教科書を無償で配布するための手続きが定められた法律があります。この法律では、同じ教科書を使用する地区を定めること、地区が複数の市町村で構成されている場合は、その地区の教育委員会は『協議して』教科ごとに同じ教科書を採択しなければとしています。今回、問題になっているのは、無償措置法に書かれている『協議』についての見解が、文部科学省と県教育委員会で分かれていることです」
見解の違いというのはどういうところでしょうか。
中村記者「まず文部科学省は、採択地区協議会の答申が無償措置法の定める『協議の結果』だとしています。ですから、この結果に従っている石垣市・与那国町は教科書の無償配布の対象で、竹富町は『答申』に従っていないとして無償配布の対象からはずす見解を示しています」
一方の県は、どのような主張をしているのでしょうか?
中村記者「県教育委員会は9月8日に開催した、八重山地区の教育委員全員で協議した結論が『協議の結果』であると主張しています。しかし、石垣市・与那国町の教育長がこの協議は『無効』であるという文書を文科省に提出し、中川大臣も『協議の結果』と認めていません」
文科省の見解について、竹富町はどのような反応なんでしょうか?
中村記者「この文部科学省の見解に、竹富町の慶田盛教育長は不満感を示しています」
竹富町・慶田盛教育長「教科書採択に関して、竹富町教育委員会としては瑕疵はないと。ないのに何故、東京書籍の採択は認めて有償にするかというペナルティーがあるかということの説明がほしい」
中村記者「ただ、文部科学省は竹富町の採択について無効ではないとしています。文科省と県教委は、教科書の選ぶのは各教育委員会にあるとしています」
中村記者「また今回の問題では、現在の2つの法律の下では採択が異なったとき、解決する方法がなく、文科省は法律を改正すると明言してます。このように、法の不備を認めているにも関わらず、竹富町だけ有償というのはおかしいと慶田盛教育長は主張しています」
慶田教育長「文科省がそういったら、竹富町だけ有償(はおかしい)。全員同一条件にならなきゃいけない。竹富だけ有償なら、与那国も石垣も有償だと思う」
文科省の見解を受けて、県は再度、協議の場を設置しようしていましたよね。
中村記者「先月、県教育委員会は3市町の教育長を呼び、同じ教科書が採択できるか意見交換の場が設けられましたが、結果は平行線をたどり物別れに終わりました」
今後、竹富町はどのような対応するをするのでしょうか?
中村記者「文部科学省は県に対して、必要な教科書の数を伝えるよう県に求めています。その期限が今月末です。それを受けて、竹富町教育委員会は今月26日に会合を開き、改めて『東京書籍』であることを県に伝えることにしています。また、文部科学省に対しては、何故、竹富町だけ有償なのかを説明を求める文書も提出することにしています。そのなかで、慶田盛教育長は納得のいく説明が文科省からあれば、指導を受け入れると話しています」
慶田盛教育長「納得できるそういう諸条件があればそれは見直しだってできる。指導は指導として、受け入れる許容度はちゃんと持っています」
中村記者「今後、文部科学省が竹富町に対してどのような説明が行われのかが注目されますが、今までどおりの説明では竹富町としては納得できないと思いますので、問題解決は来年までもつれそうです」
琉球朝日放送のニュース映像(動画です)
2011.10.12 Qリポート 八重山の教科書採択協議会 議論尽くさず
2011.08.19 揺れる八重山の教科書採択問題
2011.11.30 八重山教科書問題 竹富町に無償配布求め集会
2011.11.25 八重山教科書問題 3教育長と意見交換を提案
2011.11.10 八重山教科書問題 地区協議会の会議録一般公開
2011.08.31 八重山教科書 3地区教育長が再協議
2011.08.27 八重山地区教科書選定 竹富町は「育鵬社」不採択
2011.08.24 八重山採択地区協議会 公民は育鵬社を採択
2011.08.19 八重山地区教科書採択問題 抗議の渦 日増しに拡大
【関連する日記アーカイブ】
2011.11.24 八重山教科書問題で県民集会
2012.1.21追記

1/27追記

記者解説 今どうなっている?八重山教科書問題
琉球朝日放送のニュース映像(動画です)
2011.12.13 記者解説 今どうなっている?八重山教科書問題
混乱が続く、八重山地区の公民教科書の採択は地区で統一した教科書がまだ決まっていません。なぜ、ここまでもつれているのか、文科省が教科書の無償配布の対象外という考えを示した竹富町は今後どうするのか。記者解説を交えてお伝えします。
中村記者「教科書の採択に関係する法律は2つあります。まず、地方教育行政法で、地方教育行政の組織および運営に関する法律があり、これは各市町村にある教育委員会は使用する教科書の取扱いについて決めることができます」
中村記者「そしてもう一つは義務教育教科書無償措置法で、国が教科書を無償で配布するための手続きが定められた法律があります。この法律では、同じ教科書を使用する地区を定めること、地区が複数の市町村で構成されている場合は、その地区の教育委員会は『協議して』教科ごとに同じ教科書を採択しなければとしています。今回、問題になっているのは、無償措置法に書かれている『協議』についての見解が、文部科学省と県教育委員会で分かれていることです」
見解の違いというのはどういうところでしょうか。
中村記者「まず文部科学省は、採択地区協議会の答申が無償措置法の定める『協議の結果』だとしています。ですから、この結果に従っている石垣市・与那国町は教科書の無償配布の対象で、竹富町は『答申』に従っていないとして無償配布の対象からはずす見解を示しています」
一方の県は、どのような主張をしているのでしょうか?
中村記者「県教育委員会は9月8日に開催した、八重山地区の教育委員全員で協議した結論が『協議の結果』であると主張しています。しかし、石垣市・与那国町の教育長がこの協議は『無効』であるという文書を文科省に提出し、中川大臣も『協議の結果』と認めていません」
文科省の見解について、竹富町はどのような反応なんでしょうか?
中村記者「この文部科学省の見解に、竹富町の慶田盛教育長は不満感を示しています」
竹富町・慶田盛教育長「教科書採択に関して、竹富町教育委員会としては瑕疵はないと。ないのに何故、東京書籍の採択は認めて有償にするかというペナルティーがあるかということの説明がほしい」
中村記者「ただ、文部科学省は竹富町の採択について無効ではないとしています。文科省と県教委は、教科書の選ぶのは各教育委員会にあるとしています」
中村記者「また今回の問題では、現在の2つの法律の下では採択が異なったとき、解決する方法がなく、文科省は法律を改正すると明言してます。このように、法の不備を認めているにも関わらず、竹富町だけ有償というのはおかしいと慶田盛教育長は主張しています」
慶田教育長「文科省がそういったら、竹富町だけ有償(はおかしい)。全員同一条件にならなきゃいけない。竹富だけ有償なら、与那国も石垣も有償だと思う」
文科省の見解を受けて、県は再度、協議の場を設置しようしていましたよね。
中村記者「先月、県教育委員会は3市町の教育長を呼び、同じ教科書が採択できるか意見交換の場が設けられましたが、結果は平行線をたどり物別れに終わりました」
今後、竹富町はどのような対応するをするのでしょうか?
中村記者「文部科学省は県に対して、必要な教科書の数を伝えるよう県に求めています。その期限が今月末です。それを受けて、竹富町教育委員会は今月26日に会合を開き、改めて『東京書籍』であることを県に伝えることにしています。また、文部科学省に対しては、何故、竹富町だけ有償なのかを説明を求める文書も提出することにしています。そのなかで、慶田盛教育長は納得のいく説明が文科省からあれば、指導を受け入れると話しています」
慶田盛教育長「納得できるそういう諸条件があればそれは見直しだってできる。指導は指導として、受け入れる許容度はちゃんと持っています」
中村記者「今後、文部科学省が竹富町に対してどのような説明が行われのかが注目されますが、今までどおりの説明では竹富町としては納得できないと思いますので、問題解決は来年までもつれそうです」
琉球朝日放送のニュース映像(動画です)
2011.10.12 Qリポート 八重山の教科書採択協議会 議論尽くさず
2011.08.19 揺れる八重山の教科書採択問題
2011.11.30 八重山教科書問題 竹富町に無償配布求め集会
2011.11.25 八重山教科書問題 3教育長と意見交換を提案
2011.11.10 八重山教科書問題 地区協議会の会議録一般公開
2011.08.31 八重山教科書 3地区教育長が再協議
2011.08.27 八重山地区教科書選定 竹富町は「育鵬社」不採択
2011.08.24 八重山採択地区協議会 公民は育鵬社を採択
2011.08.19 八重山地区教科書採択問題 抗議の渦 日増しに拡大
【関連する日記アーカイブ】
2011.11.24 八重山教科書問題で県民集会
2012.1.21追記

(琉球新報1/21、記事原文はコチラ)
1/27追記

(沖縄タイムス1/27、記事原文はコチラ)
タグ :八重山教科書問題
2011年12月08日
1961年12月7日
ちょうど50年前のこの日、米軍嘉手納飛行場の東側にあった具志川村川崎(現うるま市)に米軍のジェット戦闘機が離陸直後に空中分解して墜落した。この事故に多くの住民が巻き込まれ犠牲になった(2人が死亡、7人が重軽傷)。
その2年前には石川市の宮森小学校に米軍のジェット戦闘機が墜落している(小学生11人を含む17人が死亡、210人が重軽傷)。
二つの事故は戦時中に起こったことではない。戦争が終わって15年近く経ち、世の中(沖縄以外の日本)が平和になっていた時代の出来事だ(1964年には東京オリンピックを開催)。
そしてどちらの事故も沖縄に米軍基地さえなかったら起きなかった事故だ。
それもこれも、すべての始まりは 70年前のきょう 12月8日のできごとだ。
琉球朝日放送のニュース映像(動画)
2011.12.07 Qリポート 忘れないで! 川崎ジェット機墜落事故
沖縄タイムス12/7 ジェット機墜落継承へ 証言集来年発刊
琉球新報12/7 火のカーテンくるまれ 川崎米軍機墜落50年

【関連する日記アーカイブ】
2009.07.01 50年目の宮森小学校
その2年前には石川市の宮森小学校に米軍のジェット戦闘機が墜落している(小学生11人を含む17人が死亡、210人が重軽傷)。
二つの事故は戦時中に起こったことではない。戦争が終わって15年近く経ち、世の中(沖縄以外の日本)が平和になっていた時代の出来事だ(1964年には東京オリンピックを開催)。
そしてどちらの事故も沖縄に米軍基地さえなかったら起きなかった事故だ。
それもこれも、すべての始まりは 70年前のきょう 12月8日のできごとだ。
琉球朝日放送のニュース映像(動画)
2011.12.07 Qリポート 忘れないで! 川崎ジェット機墜落事故
沖縄タイムス12/7 ジェット機墜落継承へ 証言集来年発刊
琉球新報12/7 火のカーテンくるまれ 川崎米軍機墜落50年

(沖縄タイムス12/7)
【関連する日記アーカイブ】
2009.07.01 50年目の宮森小学校
真珠湾攻撃70年 絶えず過去を問い直そう
二度と繰り返してはならない悲惨な戦争の歴史から、わたしたちは何を学ぶのかが問われている。
1941年12月、旧日本軍が米ハワイ・オアフ島の真珠湾にある米軍基地や艦隊を戦闘機などで攻撃した。太平洋戦争の戦端を開いた真珠湾攻撃から8日(日本時間)でちょうど70年を迎えた。
この戦争では県民をはじめ国民が生命、財産など多くの犠牲を払わされた。被害者であると同時に、加害者であった事実を決して忘れてはならない。アジアなど各国には多大な惨禍をもたらした。
なぜ攻撃が起きたのか、日米双方の人々がどんな気持ちで関わったのか。経済の行き詰まりや国民の閉塞(へいそく)感など当時の社会的背景を冷静に理解することが大切だ。
真珠湾のあるハワイと沖縄は、かつては独立した王国であり、米国に「併合」された歴史を持ち、現在は米軍基地を抱える島―など多くの歴史的共通点を持つ。
沖縄戦を知らない世代が増える中で、戦争体験の風化は避けられない。ハワイも同じだ。体験者は高齢化し、数も減り続けている。
だからといって、調査、検証を怠るわけにはいかない。歴史を正面から見詰め続ける必要がある。
戦争体験の継承は、現在から過去を絶えず問い直し、過去と現在を結び付け未来を築いていくことにつながる。多角的な視点を持ち、その努力を続けなければならない。
本紙連載「古里に思い込め ハワイ県人の真珠湾70年」では、移民先の日系社会で差別を受けた県系人が、開戦後には米国人から敵視され、多くの苦難に陥った状況を紹介している。
また、今年10月には、作家・大城立裕さんの小説「カクテル・パーティー」の戯曲版(英語)による朗読劇がハワイで上演された。
内容は、真珠湾攻撃にも触れながら、日本軍の中国での加害行為、米軍の原爆投下など、戦時中の日米の加害行動を議論する中で、双方とも加害者と認めた上で和解へ向かう未来を示唆するものとなっている。
地道な調査や検証、文化事業など、さまざまな手段を通して、過去の教訓を学び、悲惨な戦争の歴史を継承し、新たな戦争を起こさないことがわたしたちの使命だ。
戦争の実相や、その過ちと真摯(しんし)に向き合い、世界各国との未来志向の関係やアジア地域の安定的な平和、発展への道を切り開きたい。
(琉球新報12/8社説、記事原文はコチラ)
タグ :川崎ジェット機墜落事故
2011年12月06日
「沖縄平和学会」が発足 平和教育再構築目指す
県内で平和について研究する学者や教育者、市民団体らが横のつながりを強化し、平和教育・学習の再構築を図ることを目的にした日本平和学会沖縄地区研究会(通称・沖縄平和学会)の設立総会が4日、沖縄大学で行われた。
沖縄の平和に関わる普天間飛行場返還・移設問題や八重山教科書採択問題の高まりの一方で、平和教育の衰退を指摘する声が上がり、平和学会設立の機運が高まった。今後、県内の小中高校や大学の教育者、市民団体と連携し、平和教育実践者や若手研究者の育成・支援、平和運動の活性化を図る。
総会では沖縄大学副学長の仲地博教授(行政法)を代表に選任。県内大学の持ち回りで代表と開催事務局を担い、年に1回研究集会を開くことを確認した。
仲地代表は「沖縄の研究者や大学にとって、平和研究を行うことは使命だ。その研究の輪を、どのように小中高校へ発信していくかが問われている。一緒に頑張っていこう」とあいさつした。
設立総会の詳細についてはコチラ
http://www.psaj.org/modules/news4/index.php?storytopic=8
沖縄の平和に関わる普天間飛行場返還・移設問題や八重山教科書採択問題の高まりの一方で、平和教育の衰退を指摘する声が上がり、平和学会設立の機運が高まった。今後、県内の小中高校や大学の教育者、市民団体と連携し、平和教育実践者や若手研究者の育成・支援、平和運動の活性化を図る。
総会では沖縄大学副学長の仲地博教授(行政法)を代表に選任。県内大学の持ち回りで代表と開催事務局を担い、年に1回研究集会を開くことを確認した。
仲地代表は「沖縄の研究者や大学にとって、平和研究を行うことは使命だ。その研究の輪を、どのように小中高校へ発信していくかが問われている。一緒に頑張っていこう」とあいさつした。
(琉球新報12/5、記事原文はコチラ)
「教育に学習機会を」 沖縄平和学会・研究集会
4日行われた日本平和学会沖縄地区研究会(略称・沖縄平和学会)の設立総会に先立ち、沖縄大学で設立記念研究集会があった。同学会の目的である平和教育・学習の再構築を進めていく前提として、県内外の研究者らが沖縄の基地問題や平和教育に関し研究成果や課題などについて報告した。
琉球大学の島袋純教授(政治学)は前沖縄防衛局長の不適切発言や八重山教科書問題などに触れ「沖縄の尊厳や歴史を否定する動きだ。構造的差別が具体的に暴力として表れてきている」と述べ、平和教育の再構築の必要性を強調した。
新潟県立大学の福本啓圭介講師(国際地域学)は、名護市辺野古の反基地運動について「運動参加者は平和をつくるのは基地建設を止めている自分たちだという意識がある。運動は建設阻止のための物理的な行動であると同時に、『平和』を創出しようとする象徴的な行動だ」と述べた。
午後は県内の大学、小中高校、市民団体などの関係者が平和教育・学習の取り組みを報告。元中学校教諭は「平和教育の知識のない教員も多い。教員にも平和学習の機会を与えるべきだ」と指摘。「平和学習のため資料館などを訪れる学校の90%以上は県外の学校。県内の生徒にも訪れてほしい」という施設関係者の要望もあった。
大学生に対する平和学習に関しては「ネットなどからの情報収集だけでなく、もっと沖縄戦の体験者の声に寄り添う態度を育成するべきだ」「沖縄出身者も、自分たちの日常生活の場がかつて戦場だったという認識が低い。自分と沖縄戦のつながりに気付くような教育を考えるべき」などの意見が上がった。(琉球新報12/5)
沖縄平和学会 「命どぅ宝」の発信源に
日本平和学会の沖縄地区研究会が設立された。沖縄における平和研究、平和教育発展の基盤、中核になることを期待したい。
県内の研究者、教育者、団体らが連携を強化し、平和教育や平和学習の再構築を図ることが目的だ。今後「沖縄平和学会」の名称で活動する。
沖縄戦が終結して66年。年月の経過により戦争体験者が減少し、高齢化は進んでいる。「戦争を正しく次代へ伝えること」が難しくなりつつある。
八重山教科書採択問題や与那国町への自衛隊配備計画などは、平和教育が衰退、形骸化した結果との厳しい指摘もある。
そんな状況だからこそ、学会設立には意義がある。沖縄の平和学、平和教育を再構築させる、一つのきっかけにしたい。
日本平和学会は1973年、戦争と平和に関して、多様な研究方法を統合し、長期的な平和の条件を確立するために役立つ科学的、客観的な研究を促進、発展させることなどを目的に設立された。
これまで県内の会員約20人は九州沖縄地区研究会に所属。九州という枠組みの中で相互交流するしかなく、県内会員同士のつながりが弱くなっているのでは、との危惧があったという。
沖縄平和学会設立を、新たな人材の発掘、平和教育実践者の育成と支援、平和運動の活性化にもつなげる必要がある。
日本の平和研究、平和運動を活性化し、リードするような団体になってもらい、「平和」「生命尊重」=「命どぅ宝」の発信源となるよう願う。
研究成果を蓄積し、その内容を国内だけにとどめず、世界に発信し続けることも重要だろう。
そのためには、例えば大田昌秀県政時代に設立が検討された「国際平和研究所」のような、平和の実現に関わる諸問題を総合的に調査、研究する機関が必要だ。
平和、自立、共生を基本理念に掲げた同研究所のような機関は地理的、歴史的に見ても沖縄にふさわしい。機関設立は検討に値するはずだ。
戦争・紛争だけでなく、飢餓や貧困、差別、環境破壊など人間の尊厳を脅かす「構造的暴力」を取り除くための研究も求められる。
より多角的な視点から戦争についての研究を進め、どう平和に生かしていくかを県民と共に考えていきたい。
(琉球新報11/5社説、記事原文はコチラ)
設立総会の詳細についてはコチラ
http://www.psaj.org/modules/news4/index.php?storytopic=8
2011年11月28日
ブログ「今帰仁グスクに登ってみれば」再開します
お休みしていましたブログを再開します
新聞は紙面の形で読んでほしい、またそういう形でこそ見えてくるものがあるとの思いでこれまで下の様な記事掲載をしてきましたが、諸種の事情からそれを続けることができなくなりました。琉球新報は有料のweb紙面で全頁が読めるようになり、沖縄タイムスもやがてそうなるでしょうし、役目が終わった気がしないでもない。
でもトーンダウンしようと沖縄の地元ネタを地元から発信することはこれからも続けていきたいと思います。応援して下さい
なお過去のブログ記事の中にはアクセスできないものもあります。


記念すべき再開一発目は、それはそれはうれしいニュースをお届けします


やんばる学研究会は、地域に開かれた研究会を目指して、今後も活動を続けていきます。
年会費は3,000円で、研究会誌の発行、大会などの活動を行います。
興味のある方は、下記までご連絡を。
●●● 名護博物館 ●●●
〒905-0021 沖縄県名護市東江1-8-11
TEL 0980-53-1342/FAX 0980-53-1362
E-Mail hakubutsukan@city.nago.okinawa.jp
担当 比嘉 久
12/20追記

12/24追記

新聞は紙面の形で読んでほしい、またそういう形でこそ見えてくるものがあるとの思いでこれまで下の様な記事掲載をしてきましたが、諸種の事情からそれを続けることができなくなりました。琉球新報は有料のweb紙面で全頁が読めるようになり、沖縄タイムスもやがてそうなるでしょうし、役目が終わった気がしないでもない。
でもトーンダウンしようと沖縄の地元ネタを地元から発信することはこれからも続けていきたいと思います。応援して下さい
なお過去のブログ記事の中にはアクセスできないものもあります。

(沖縄タイムス11/23)

(琉球新報11/24)
記念すべき再開一発目は、それはそれはうれしいニュースをお届けします
「やんばる学研究会」が発足しました
本島北部を歩くと、公民館のそばや集落の広場に小さな建物がある。祭祀(さいし)の時に使われる「神アシャギ」。歴史や文化に詳しい知人が言うには「やんばるの風景はアシャギあってこそ。これがなくなれば、やんばるとは言えなくなる」
▼神アシャギの屋根が低いのは、神を迎えるのに立って入るのは失礼だから、人が頭を下げるよう造ったと聞いた。悠久の時の流れの中で、神と人を結ぶ営みを継承してきたシマの光景が目に浮かぶようだ
▼祭祀や言語、自然などやんばるは独自の文化が根付く。だが征服者の視点からは異端ともいえる扱いを受けた。北山を治めた王ですら首里側の「正史」には淫虐無道(いんぎゃくむどう)と記される
▼これに対し、そうじゃない、と歴史を掘り起こし積み重ねる研究者や在野の人々がいる。市町村誌や近年盛んに発刊される字誌、各字の芸能誌などは、ひと味違った視点を提供してくれる
▼その集大成というべきか。きょう「やんばる学研究会」が発足する。恩納村、金武町から奄美までを「やんばる文化圏」とし、考古や歴史、民俗などの有志が分野を超え「やんばる学」を追究する
▼やんばるを愛する人々の心にあるのは中央への対抗というより、自身や豊かな自然を育んだ郷土への畏敬の念だろう。生まれた土地を「好き」と言えるのは幸せなことだ。やんばるの誇りを次代に継ぐ研究に期待したい。(琉球新報11/27「金口木舌」より)
(記念講演する三木健さん)

やんばる学研究会は、地域に開かれた研究会を目指して、今後も活動を続けていきます。
年会費は3,000円で、研究会誌の発行、大会などの活動を行います。
興味のある方は、下記までご連絡を。
●●● 名護博物館 ●●●
〒905-0021 沖縄県名護市東江1-8-11
TEL 0980-53-1342/FAX 0980-53-1362
E-Mail hakubutsukan@city.nago.okinawa.jp
担当 比嘉 久
地域から世界を見よう
どうぞ みなさん ご参加を
12/20追記

(琉球新報12/19)
12/24追記

(琉球新報12/24)
2011年08月03日
今帰仁の小学生は全員、館長から学びます。
仲原弘哲館長(今帰仁村歴史文化センター)は着任以来ずっと、
今帰仁の小学生たちのグスク水先案内人を続けておられます。
今帰仁の小学生たちのグスク水先案内人を続けておられます。
今帰仁グスクで郷土史を学ぶ
(琉球新報8/2)
2011年07月23日
大弦小弦に今帰仁・共栄社の「塩黒糖」が
(沖縄タイムス7/23大弦小弦、記事原文はコチラ)
塩が悪者では決してないのだが、減塩を常識として教えられてきた身としては最近の「塩」ブームに戸惑いを覚える。塩を前面に出したスナック菓子や清涼飲料水、あめ、チョコなどの商品のことだ
▼人気の背景にあるのは熱中症。消防庁によると、5月末からの2カ月で累計2万人超が病院に搬送されており、汗をかいたら、水分だけでなく、生命の維持に不可欠な塩分も補給しましょうというわけだ。理にかなっている
▼岩手県の紫波(しわ)町体育協会では、今帰仁村産の「塩黒糖」を取り入れている。昨年、美ら島総体で来県したトレーナーの高橋一男さんが暑さ対策について調べた際、医師や少年野球の指導者から塩と黒糖を薦められたことがきっかけ
▼塩分やミネラルが取れ、糖分で脳もすっきりするといい、キャラメル感覚で試合中も手軽に食べられ、指導する女子ホッケー部でも大人気だそうだ
▼28日に開幕する北東北総体で全国の高校生にも広めてもらえれば、酷暑の中でサトウキビの手入れに励む沖縄の農家にとっても朗報となるだろう
▼塩黒糖を製造する共栄社の與那勝治社長は、評判を喜びつつ「スポーツだけでなく、震災復興や原発作業員の皆さん向けにも開発していければ」と話す。知恵を絞り合うことで乗り越えられる困難もある。きょうは大暑。(平良秀明)
2011年07月21日
DAYS JAPAN 8月号

【編集後記】より
3・11から4か月。昨日DAYSは、食品用放射能検知器の上級機購入のために、福島の「市民放射能検査所」に募金を振り込んだ。嬉しい反面、ここまでに4か月もかかったことを反省。列車は車輪の最初の1回転が大変だ。車もギアが初速に入り、止まっているものが動き出すときに最も大きな力がかかる。
来年で30年目になるパレスチナ難民キャンプ虐殺事件、今年25年目を迎えたチェルノブイリ事故。それぞれの救援運動が立ち上がった最初の時期のことを思い出す。運動はチェルノブイリが21年目、パレスチナが28年目に入った。これらはセカンドギアに入った。チェルノブイリ支援だけで、現地には2つのサナトリウム、「リハビリセンター」が建ち、病院支援、甲状腺がんの子どもたちの毎日の薬、超音波診断機支援、のべ数万人の保養計画などが進められた。福島(それだけでなく日本全体)は、20年後、25年後にはどのような苦しみを抱え、市民運動はどのような段階に入っているのだろうか。
DAYSは、これまで原発事故の危険性を絶えず訴えてきたが、書店販売数は伸びず、3月11日の地震と津波と原発事故後の危機感の高まりの中で販売数が伸びた。だが7月号の特集「福島の行方」は、非常に高い評価を得たのに、書店販売数は少し下がった。なぜなら読者の関心は、放射能の広大な地域への広がりとともに、福島から自分の住む場所のことに移ったからだ。東京の読者は東京の土壌汚染や食べ物のことを知りたいが、福島の人のことに思いを寄せる余裕がなくなってきている。しかし今福島で起きている人々の苦しみと葛藤こそ、日本中の人が学び解決しなくてはならないものだ。(広河)
【最新号(2011.8月号) 目次】
特集:小出裕章の放射能の話
写真/広河隆一 文/小出裕章
●トピックス
日本
玄海原発運転再開をめぐり波乱
文/藤田祐幸 写真/毎日新聞社/アフロ、読売新聞/アフロ
日本
蜂起ははじまっている!
写真/権徹、東条雅之、脇本直子、蛭田絢香、山崎桃生、田中満希子
フランス、メキシコ、アメリカ、日本
核施設に危機相次ぐ
写真/ユニフォトプレス、ジェイ・C・ホン/AP通信、アフロ、レーン・ヒッケンボトム/ロイター
●アニマルワールド
「これでも食らえ!」
写真/トム・ウェッテン
●小出裕章の放射能の話
文/小出裕章 写真/広河隆一
●短期連載(1) チェルノブイリの謎の雨
写真・文/広河隆一
●市民放射能測定所 福島でスタート
●DAYSフォトジャーナリズム祭in横浜のお知らせ
●地熱発電の可能性
文/田中優
写真/ペップ ・ボネット、リチャード・T・ノーウィッツ、ボブ・クライスト
●おばあちゃんと猫 7
夏の縁台パーティー
写真・文/伊原美代子
●DAYSフォローアップ 「あの記事」のその後を伝えます
●コラム「現場から」
30万人の子どもが「放射線管理区域」にいる!
文/中手聖一
●コラム「OUTLOOK」
東北を敵に回した九州人 九州を敵に手渡す佐賀県人
文/斎藤美奈子
●誰も知らない核のゴミのゆくえ
写真・文/稲垣美穂子
●私の取材機材 36
ヤン・ダゴ
●バックナンバー・定期購読・専用バインダーのご案内
●DAYSウォッチ! 38
国策 橋本勝
●ふたりで産まれた天使
写真/ステファニー・シンクレア
文/スーザン・ドミナス
●営みの地球 79
巨大な紳士 マナティー
写真・文/福田幸広
●編集後記
●表紙:Photo by Ryuichi HIROKAWA
廃墟となったプリピャチ市の遊園地の観覧車。完成してオープンする前の日に事故が起こった。ウクライナ。2006年3月
【関連する日記アーカイブ】
2011.06.21 DAYS JAPAN 7月号
2011.04.22 DAYS JAPANの表紙は2回続けて福島原発
2010.02.20 DAYS JAPAN 1月号も 特集は“原発”です
2011年06月22日
きょうは夏至 キャンドルナイトも8年目
でんきを消してスローな夜を!
そんな合言葉で「100万人のキャンドルナイト」が始まったのは2003年の夏至の日
夏至と冬至の夜に2時間電気を消してみよう
そうすると普段見えなかったものが見えてくる
ほんとうに大切なことが見えてくる
あなたはだれとキャンドルの灯を見ますか?
これまでの右肩上がりの消費するくらしで得たものと失ったものを考える機会にもなりました。
でも今年のキャンドルナイトの持つ意味は昨年までとはちょっと違う
そんなことをコンセプトにして
きょうの「クローズアップ現代(NHK総合 19:30)」は番組づくりをしていました。
ライフスタイルを見つめなおすキャンドルの夜に
6月22日の夏至の夜、被災地を含む各地で行われる「100万人のキャンドルナイト」。ことしのキャンドルの灯りには特別な思いが込められている。被災地で苦しむ人々への連帯の気持ちや、原発事故による電力不足を機とした節電など、震災後、多くの人々が、ライフスタイルの見直しを始めている。残業禁止を機に早く帰宅し、家族とひとつの部屋に集まって語り合う時間が増えたというサラリーマン。自然エネルギーを活かし、地域の人々との絆を強めながら、持続可能な町づくりを始めた人たちもいる。この夜のスタジオは、キャンドルの灯りだけで映る特殊なカメラで撮影。各地の中継も交え、キャンドルの揺らめきを通して見えてくる「持続可能なライフスタイル」とはどんなものなのか、ゆったりした雰囲気の中でじっくりと語りあう。
出演者 神野 直彦さん(経済学者、東京大学名誉教授)
枝廣 淳子さん(環境ジャーナリスト『百万人のキャンドルナイト』キャンペーンの提唱者(仕掛け人)のひとり) 幸せ経済社会研究所
(NHK番組HPより)
2011年06月21日
DAYS JAPAN 7月号

【編集後記】より
事故は福島原発から20キロ圏や飯館村だけではすまない様相がいよいよはっきりしてきた。インタビューに答えてくれた元喫茶店経営者の小川さんによると、年間20ミリシーベルトという途方もない基準値を適用しないと、県の人口の7割が基準値を超えてしまうという。おまけに体内被曝を計算に入れたら、福島県は消失しかねない。そうした場所を「安全」だと説明してきた山下俊一教授(長崎大学教授・福島県アドバイザー)や、国の責任は重い。人々を「安心」させることは、事実を隠ぺいすることで可能になるものではなく、きちんとした情報を流し、対策を講ずることによってこそ可能になるのではなく、きちんとした情報を流し、対策を講じることによってこそ可能になる。「安全じゃないけれど安心しろってことですか」と「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」佐藤幸子さんは怒る。政府や電力会社が根拠なしに「安全」と言ってきたことが、事故直後からこれまで、避けられたはずの被曝を強いて、どれだけ人々を引き裂いてきたことか。
DAYS JAPANは事故発生当初から、子どもたちや妊婦を遠くに逃がすようにと何度も訴えてきた。国がデータを隠し、住民を守らなかったことは、すでに歴然としている。この状態で「安心」したければ、目を閉じて、耳も閉じて、たとえ津波が100メートルに近づいても、知らないふりをすることだ。しかし私たちには子どもたちを守る義務がある。子どもたちや妊婦の避難について、政府だけでなく私たちも責任を取らなければならない。もちろんそうした費用はすべて東電と国が支払うべきだ。
旧ソ連のウクライナの首都キエフは、当時は今の福島市や郡山市よりも放射能はずっと低いレベルだったが、万が一のことを考えて、事故から3週目には、首都のすべての子どもたちを「早めの夏休み保養」として地方に疎開させた。政府や山下教授の言うままに目や耳を閉じ続けたら、助かる命も助からない。(広河隆一)
【最新号(2011.7月号) 目次】
特集:福島の行方
1 原発の誕生 写真・文/青木勝
2 人海戦術の海になる 写真・インタビュアー/広河隆一 話/T氏(原発作業員)
3 被曝する大地と人々 写真/郡山総一郎、森住卓、共同通信社、AFP=時事、広河隆一
●トピックス
日本
空母ジョージワシントン 放射性廃棄物の搬出
文/稲垣美穂子 写真/森住卓、稲垣美穂子
日本
被災地を襲う冠水
写真/AFP時事通信社
ドイツ
廃棄原発を遊園地に
写真・文/パトリック・ストラーズ、AFP時事通信社
●アニマルワールド
「食べちゃうぞ」
写真/シャビエル・エイカカー
●コラム「現場から」
透明性が求められる日本ペンクラブ
文/藤川 鉄馬
●コラム「OUTLOOK」
是が非でも「菅おろし」が必要だった理由とは?
文/斎藤美奈子
●おばあちゃんと猫 6
故郷へとつづく道
写真・文/伊原美代子
●DAYSフォローアップ 「あの記事」のその後を伝えます
●虹のように多様な性
文/石川大我
写真/デイビッド・マックニュー、ウェストリー・ハーグレイブス、ステファン・ジョラ
●バックナンバー・定期購読・専用バインダーのご案内
●DAYSウォッチ! 37
責任
橋本勝
●ハンセン病国家賠償請求訴訟判決から10年
隔離の壁を乗り越えて
写真・文/八重樫信之
●私の取材機材 35
青木勝
●営みの地球 78
ツキノワグマを追って
写真・文/宮崎学
●編集後記
●表紙:Photo by Ryuichi HIROKAWA
郡山市中央部の市街地にある酒蓋公園には、小学生の立ち入り禁止とそれ以上の年齢の人は1日1時間だけこの公園に立ち入りを許されると書かれた看板が立てられた。その後表土の除去などが行われ、6月初めにこの看板は取り去られたという。2011年5月
P12より:「特集:福島の行方」を掲載
【関連する日記アーカイブ】
2011.04.22 DAYS JAPANの表紙は2回続けて福島原発
2010.02.20 DAYS JAPAN 1月号も 特集は“原発”です
2011年06月10日
あす 6月11日 全国レベルの脱原発のアクション ご参加を!
転載転送歓迎
6月11日は、福島原発震災から3ヶ月。
今なお放射能の放出は続いています。
私たちは、人や自然を傷つける電気はいりません。
全国各地域の人々とともに、
6月11日に脱原発を求める100万人アクションを呼びかけます。
6月11日は、声をあげましょう!
今こそ脱原発へ!!
各地のアクションは下記ホームページで探せます。
あなたちのお近くでみんなと行動を共にしましょう!
都道府県別にリスト化して見る»
http://nonukes.jp/wordpress/wp-content/uploads/2011/06/actionList0609.xls
沖縄からも原発いらない!の声をあげよう
日時:6月11日14:30~17:00
場所:那覇市牧志沖縄県 那覇市ぶんかテンブス館前広場(国際通り沿い 沖縄三越斜め向かい)
主催:6.11脱原発100万人アクション・オキナワ
問合せ:0988634776(FAX兼)
脱原発100万人アクション Email:nonk611oki@yahoo.co.jp
脱原発への思いは遠く離れた沖縄も同じ・・・
沖縄からも原発いらない!の声をあげよう
全国と連動して脱原発へのアクション!を那覇から起こします!!
沖縄に住む方、原発問題に関心のある方、被災地から沖縄へ移住・避難されてきた方、
何かしなきゃと感じてい方・・・
6月11日那覇ぶんかテンブス館広場に集まれ~
沖縄からは
「3.11福島原発事故を忘れないために行動する」
「沖縄で導入が検討・研究されている中小型原発をやめさせる」
「私たちの未来のために安心な自然エネルギーを選ぼう」を大事にしていきたいと思います!
6月11日(土)
14:30~17:00 「街頭アクション!」
・あなたの好きな脱原発ポスター「いいね!」投票
・みんなの思いを伝えよう
・脱原発署名・チラシ配布・パネル展示・・・
☆持ち物:アツい思い(このアクションへの)と冷たい飲みものなど
音楽・イラスト・パフォーマンス・かぶりもの・プラカード・Tシャツ・おしゃべり…。
あなたの得意分野で「脱原発!」を楽しい感じでアピールしよう★
心よりお待ちしておりマス!
ツイッター見てね☆取り組みアイデア・メッセージなど送ってみんなで盛り上げよう!よろしくです
6月12日(日)
14:00~16:00 「ホントの事もっと知りたい・・・原発関連映像会」
場所:那覇市NPO活動支援センター 会議室
☆両日とも参加無料☆
★ 6・11脱原発100万人アクション ★
6月11日は、福島原発震災から3ヶ月。
今なお放射能の放出は続いています。
私たちは、人や自然を傷つける電気はいりません。
全国各地域の人々とともに、
6月11日に脱原発を求める100万人アクションを呼びかけます。
6月11日は、声をあげましょう!
今こそ脱原発へ!!
各地のアクションは下記ホームページで探せます。
あなたちのお近くでみんなと行動を共にしましょう!
都道府県別にリスト化して見る»
http://nonukes.jp/wordpress/wp-content/uploads/2011/06/actionList0609.xls
沖縄からも原発いらない!の声をあげよう
6.11脱原発100万人アクション・オキナワ
日時:6月11日14:30~17:00
場所:那覇市牧志沖縄県 那覇市ぶんかテンブス館前広場(国際通り沿い 沖縄三越斜め向かい)
主催:6.11脱原発100万人アクション・オキナワ
問合せ:0988634776(FAX兼)
脱原発100万人アクション Email:nonk611oki@yahoo.co.jp
脱原発への思いは遠く離れた沖縄も同じ・・・
沖縄からも原発いらない!の声をあげよう
全国と連動して脱原発へのアクション!を那覇から起こします!!
沖縄に住む方、原発問題に関心のある方、被災地から沖縄へ移住・避難されてきた方、
何かしなきゃと感じてい方・・・
6月11日那覇ぶんかテンブス館広場に集まれ~
沖縄からは
「3.11福島原発事故を忘れないために行動する」
「沖縄で導入が検討・研究されている中小型原発をやめさせる」
「私たちの未来のために安心な自然エネルギーを選ぼう」を大事にしていきたいと思います!
6月11日(土)
14:30~17:00 「街頭アクション!」
・あなたの好きな脱原発ポスター「いいね!」投票
・みんなの思いを伝えよう
・脱原発署名・チラシ配布・パネル展示・・・
☆持ち物:アツい思い(このアクションへの)と冷たい飲みものなど
音楽・イラスト・パフォーマンス・かぶりもの・プラカード・Tシャツ・おしゃべり…。
あなたの得意分野で「脱原発!」を楽しい感じでアピールしよう★
心よりお待ちしておりマス!
ツイッター見てね☆取り組みアイデア・メッセージなど送ってみんなで盛り上げよう!よろしくです
6月12日(日)
14:00~16:00 「ホントの事もっと知りたい・・・原発関連映像会」
場所:那覇市NPO活動支援センター 会議室
☆両日とも参加無料☆
2011年06月08日
「今帰仁グスクを学ぶ会」も構成メンバーです
「世界文化遺産地域連携会議」がスタートしました
国内11件のユネスコ世界文化遺産の地元自治体や支援団体、観光振興や文化財関連の有識者約百人からなる官民連携した国内初の協議会です。文化遺産の価値をさらに高め、維持、保全するだけでなく、文化遺産を生かした地域振興の道をさぐります。
そしてなにより大切なことは、「地元の住民が誇りを持って遺産を守っていく気運を高めること」だと思っています。
そのためにはどうしたらいいか。
そういうことに知恵を出し合えるネットワークづくりができればいいな
(琉球新報6/7)
(琉球新報6/8)
2011年06月06日
「今帰仁城跡の保存整備と活用」について講演
県内30市町村で組織する沖史協(沖縄地区史跡整備市町村協議会)の35回大会が今帰仁村で開かれた。
今帰仁城跡調査研究整備委員会の金武正紀委員長が「今帰仁城跡の保存整備と活用」について講演。過去の遺産を身近な文化財として活用し広く公開するために、史跡内の案内板や説明板の設置、パンフレットの発刊、案内ガイドの養成などの取り組みを紹介した。
そのあと100名近い参加者は今帰仁城跡に移動し、5つのグループに分かれ地元ガイドの案内で城跡とその周辺史跡を散策した。
それに先立ち、大城浩・県教育長が城跡を視察、約1時間かけて城跡内を案内した。
今帰仁城跡調査研究整備委員会の金武正紀委員長が「今帰仁城跡の保存整備と活用」について講演。過去の遺産を身近な文化財として活用し広く公開するために、史跡内の案内板や説明板の設置、パンフレットの発刊、案内ガイドの養成などの取り組みを紹介した。
そのあと100名近い参加者は今帰仁城跡に移動し、5つのグループに分かれ地元ガイドの案内で城跡とその周辺史跡を散策した。
それに先立ち、大城浩・県教育長が城跡を視察、約1時間かけて城跡内を案内した。
(沖縄タイムス6/6)



